Traces of hands, memories of heat.
Wegner's warmth blooms in the patina.
92歳でその生涯を閉じるまで500脚以上の椅子をデザインしたといわれる" ハンス・ヨルゲンセン・ウェグナー / Hans J.Wegner "。その原点は、木肌の声を聴く指先にありました。
指先とパティナ


20世紀の北欧に多大な影響を与え、「椅子の巨匠」と呼ばれたデンマークの家具デザイナー。彼の父親ピーター・クヌーセン・ウェグナーは家具職人ではなく卓越した技術を持つ「靴職人のマイスター」でした。
幼少期のウェグナーは、手入れの行き届いた道具が整然と並ぶ靴の工房で、道具をとても大切にしていた父親の背中から学び、素材や道具を尊重することを教わります。


人ひとりの足の形に合わせ木型を削り、革を裁断し、一針ずつ手縫いする高度な手仕事。使う人の身体を思い描き、道具を完璧に使いこなす父の姿に、「プロの仕事とは何か」を肌で感じながら育ちました。
当時のウェグナー少年は木を削って「彫刻」をつくることに夢中でしたが、やがて単なる形ではなく、実際に人の役に立つ実用的な物を作りたいという興味が強まり、その非凡な背先の器用さを見ていた周囲からの勧めもあり、13歳の時に地元の家具職人H.F.スタールベルグの工房に弟子入り。子ども扱いされずに木の扱いを一から叩き込まれたといわれています。


わずか17歳で指物師(さしものし)のマイスター資格を取得したことは有名です。「指物師」とは釘やネジを極力使わず木と木を削り合わせ、凸凹を組み合わせて家具や道具を作る高度な技術を持つ木工職人のこと。「指物」という言葉の由来は、部材を「指し合わせる」ことから来ています。
種類や育った環境によって、反り方や乾燥による収縮が異なる木の個性を熟知し、木目を見て「どちらに動くか」を予測し、何十年経っても壊れないように木を組みます。完成すると隠れてしまう継ぎ目や裏側等の見えない場所へのこだわりに、培った職人技のすべてが注ぎ込まれ、一生ものとなる耐久性が生まれます。


「木に関する知識」と「それを形にする神業のような技術」の両方を、十代にして完全にマスターしたということ。そんな職人の手を若くして手に入れたからこそ、頭の中に浮かぶアイデアが、実際に形に出来るかを瞬時に判断することが出来ました。
またカールハンセン&サンとの協働が始まった時、工場の近くに数週間泊まり込み、職人たちと一緒に作業をしたという逸話があるウェグナーの現場主義。通常のデザイナーが図面を引いて工場に渡すことが当たり前であるのに対し、ウェグナーは生涯、1/5サイズの精巧なミニチュア模型を自ら作ることを欠かしませんでした。


「美しさは、目で見るだけでなく、手で触れて確かめるもの」という職人としてのこだわりは、指先で木肌に触れ、削り心地を確かめることにより完成します。ウェグナーは人が椅子に座ったとき、無意識に手がどこに置かれ、指先がどこを触るかを完璧に把握していました。
「人間の指先は、目よりも鋭いセンサーである」と誰よりも理解していたからこそ、模型やプロトタイプを作る際、目で見るだけでなく、何度も何度も手で撫でて形を確認しました。指先が少しでも「引っかかり」や「不自然な角」を感じれば、それが消えるまでひたすらヤスリをかけ、人間の体に自然に馴染む滑らかな曲線を追求しました。


人間の指先は「究極の精密センサー」と言われるほど鋭敏で、近年の研究では、わずか13ナノメートル(100万分の13ミリ)の凹凸さえも識別できることが判明しています。
それは人間の髪の毛の太さの数千分の1以下です。例えるなら、指を地球のサイズまで大きくしたとしても、「家」と「車」の感触の違いがわかるほどの解像度だとか。
指先が感じるわずかな凹凸や質感。指物師としての誇りが息づく滑らかな木肌。ウェグナーが追求したその造形は、使う人の指先と触れ合うことで完成へと向かいます。人の手によって磨かれ、光を蓄え、美しく変化していくパティナ。経年変化という名の熟成を経て、人と木の記憶は唯一無二の輝きを放ち始めます。

指先がなぞる 熱の記憶
木肌に宿る 歳月の古色
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