Tom Dixon
Y Chair
暑さに慣れたのに加え、時折風や雨がやってくるせいか少し過ごしやすいように感じています。
朝晩が涼しくなってきたら、もう秋のはじまり。
暑さに悩まされる事がなくなってきたら、蜃気楼のように遠い冬を眺めて居心地の良いお部屋作りの季節が始まります。
温もりが良いか、ポップなのが良いか。モノトーンやミニマルなものも良いか。
自分なりの好きを定めて楽しみたいですね。
今回のご紹介は、言うならば「カッコいい」雰囲気にお部屋を変えるアイテム。
宜しければ是非最後までお付き合い頂けますと幸いです。
目的のための手段
トム・ディクソン。ご存知の方はどれほどいらっしゃいますでしょうか。
イギリスを中心にプロダクトデザイナーとして世界的な活躍をしている氏は、いわゆる学術機関での教育を修めておらず、若い頃はDJやファンカポリタンというバンドのベースで生計を立てていた時期もある不可思議な人物。
今では家具だけではなく照明からホームアクセサリーと幅広く手掛けているトムディクソンが、家具を造るきっかけになったのは壊したバイクの修理。
独学で習得した溶接を応用して作り上げたプロダクトは方々からの評判を呼び、イタリアの高級ファニチャーブランド カッペリーニから発表したSチェアは、ヘリット・T・リートフェルトやウェルナー・パントンがたどり着いたカンチレバー構造のチェアに新しい歴史を刻んでいます。
優雅なフォルムの足元は自動車部品のハンドルを使用したりと、洗練の中に内包されている「ガレージな雰囲気」。それがトムディクソンの魅力の一つとなっているのかも知れませんね。
そして、今回のYチェア。
ん?Yチェアってあのウェグナーの?と思われる方もいらっしゃると思います。
いえ、そうではありません。トムディクソンが2013年に発表した新しい椅子のシリーズ名が、北欧家具の名作と同じ呼び名を冠しているのです。用賀店に入荷してくれた1脚と記念に並べてみました。眼福です。
トムディクソン自身も意識はしていたかも知れませんが、自分の研究成果を表すのにぴったりであったという自負を良く感じられるネーミングになっています。
椅子という安楽性が求められるアイテムなのに、線と面というアーティスティックな印象が先に来るフォルム。
人の荷重を受け止めるためにはそれなりに厚みが必要となりますが、計測してみるとシート先端は約5mm。
この薄さによってシャープで、3Dグラフィックのような印象を与える事に成功しているのです。
しかしながら座り心地はとてもしなやか。イームズ夫妻が名作と呼ばれるシェルチェアに使ったガラス繊維を、トムディクソンはナイロン素材に組み合わせました。
もたれた時に負荷がかかりやすいシートの腰元は素材の厚みを増し、ポケットを作る事で伸びというリラックスの動きを邪魔しない。
折り紙のように隙間を作り、当たると痛い背骨周りを遠ざけながら、ウサギ耳のような先端で肩甲骨をサポート。見た目以上を約束する快適な座り心地を兼ね備えた名脚なのです。
アルミダイキャストの4本脚を上下のネジで挟み込んだスイベルベースは、パウダーコーティングが施されてシートとよくマッチする質感に。
他人から要求されたデザイン問題を解決するためではなく、トムディクソン自身が表現したい形のために手段を開発する。
Sチェアしかり、人気のあるライティングしかり。そのブレのなさがファンの心を掴む唯一無二の雰囲気に繋がっているのだと思います。
Yチェア自体もそうですが、スイベルベースはまず中古市場では見かける事の無い希少な1脚。
お部屋の雰囲気を変える力を持ち、そのリスクを負ってでも欲しくなるような「カッコいい」1脚。新しいYを、ご自宅にいかがでしょうか。