Carl Hansen&Son
CH36
92年の生涯のなかで、手掛けたチェアは500を超えると言われるハンス・J・ウェグナー。
もちろんその全てが生産されたわけではありませんが、ものすごい数なのには変わりありません。そんな天才のアイデアの源泉はどこにあるのでしょうか。
ウェグナーデザインを紐解くヒントになりそうな一脚のご紹介です。
異文化を知ることで生まれた名作
>>この商品の詳細を確認する
こちらは1962年に完成した『CH36』と呼ばれるダイニングチェアです。
シンプルな造形からキャリア初期のものと勝手に思っていましたが、デザイナーとして脂の乗り切った50歳ごろの作品だったのですね。
フラッグハリヤードやピーコックチェアなど、華やかな見た目のチェアの印象も強いウェグナーですが、色々なデザインを経た結果の引き算と言えそうです。
ペーパーコードが北欧家具らしさを醸すものの、まさに“椅子”という奇をてらった感のない普通さ。
一周してシンプルに回帰したのが興味深いですが、そのデザインには、家具好きならば耳にしたことのある「シェーカー教徒」の暮らしが影響を与えています。
19世紀に栄えた米・シェーカー教は、自給自足の集団生活の中で独自の教義を守って質素に暮らしていました。
彼らが使う家具もまた自分たちで作ったもの。ときには外部の人々に販売することもあったようで、シェーカー教徒の清貧な暮らしが反映されたようなシンプルな家具は、現在でもビンテージ市場で高い人気を誇っています。
決して見せびらかすものではなく、あくまでも生活のための道具であるシェーカー教徒の家具。
ストレートラインを基調に、装飾は無く(または控えめに)、自分たちでメンテナンスして使っていけるよう分かりやすい構造に。
そんな飾らない美しさが、遠く離れた北欧にもインスピレーションを与えました。
アメリカの家具ではあまり用いられないものの、デンマークではポピュラーなビーチ材を使い、座面は伝統的なペーパーコード張り。
フレームはウェグナーの作品群に見られるテーパー加工を施すことで、完全に自らのデザインへと昇華しています。
しかしながら、あくまでもアイデアの源であるシェーカーチェアのベースは崩さず、どこまでオリジナリティを持たせられるか挑戦しているようにも感じられます。
代表作であるYチェアが明時代の中国の椅子を、ピーコックチェアが英国のウィンザーチェアをアイデアの出発点としたように、世界中の様々な文化を自分なりにブラッシュアップさせるウェグナーの手法。
いかにウェグナーが天才であろうとも、その作品はゼロから生まれるものではなく、人間の歴史の積み重ねが根底にあるのですね。
そこに暮らす人々や歴史へのリスペクトが見えるからこそ、ウェグナーの作品は多くの人の心を捕らえるのではないでしょうか。
気負わず普段使いできる名作チェア。ずっと置いておきたいのはこういう椅子なのかもしれません。