Shiro Kuramata

ALUMINIO Hanger

日常の中で見過ごしてしまいがちな「ハンガー」。

その名もない存在に、美しさと哲学を宿した人物がいます。

服を掛けるという機能を超え、空間を詩的に演出するための“道具”としての価値を持たせたデザイナー“倉俣史朗”。

本日ご紹介するのは、同氏の手によって生まれた作品の一つです。

非日常の浮遊感

デザイナー集団「メンフィス」にも参加するなど、日本のポストモダンシーンを語る上で避けては通れないプロダクトデザイナー、“倉俣史朗 Shiro Kuramata（1934-1991）”

1960年代から90年代にかけて、空間と家具デザインの分野で活躍し、日本の伝統的な美学と西洋のポストモダニズムに通ずるデザイン理論を融合させた倉俣氏の独創的なデザインは「クラマタショック」という言葉で言い表され、その後の著名なデザイナーに多大な影響を与えています。

それまで家具やインテリアデザインの世界から縁遠かったアクリルやアルミなどの工業素材を使用した「ハウ・ハイ・ザ・ムーン（1986）」　や「ミス・ブランチ（1988）」は倉俣氏の代表作として知られ、その思想と作品は、フランス文化省芸術文化勲章（シュヴァリエ）の受章に象徴されるように、国際的にも非常に高く評価されています。

倉俣氏の作品は常に、機能性と詩的な浮遊感、軽やかさをあわせ持ち、アートとデザインの境界線を自由に往還しています。

今回入荷したものは、1990年代前後に同氏によってデザインされた「ALUMINIO (アルミ二オ) ハンガー」。

1981年に六本木に誕生した複合商業施設AXISビル地下にて「デザインと生活」を結びつける試みとして誕生した“Original Design Shop SPIRAL”。

設立にあたって、店舗名は倉俣史朗氏、ロゴマークは田中一光氏、店舗内装デザインは杉本貴志氏という当時のデザイン界を牽引する3名の巨匠達の協力を得て運営を開始します。

その後、1980年代半ばに1回目の改装を経て、1990年には倉俣氏自身が内装をデザイン。倉俣氏が設計したこの空間は、2001年の店舗移転後も一時は保存されましたが、2009年のSPIRAL撤退とともに惜しくも取り壊されました。

現在は一部が(株)日南のショールームに移設されており、「ALUMINIO ハンガー」はこの失われた空間の記憶を今に伝える存在とも言えます。

そんなSPIRALで販売されたこちらのハンガー。

ギリシャ語で「アルミニウム」を意味する「ALUMINIO（アルミニオ）」という名前が示す通り、素材の特徴を生かしたミニマルな構造と、氏ならではの詩的な要素が融合したプロダクト。

アルミニウム製のシャフトには、工業的な質感と繊細さを兼ね備えたアルマイト塗装が施され、そこに散りばめられた赤と青の小さな樹脂パーツが視覚的なアクセントとして機能すると同時に、滑り止めとしての役割も果たしています。

また、両端には柔らかなラバーパーツが配られ、衣類を傷つけない設計に。素材からカラーリング、構造の細部に至るまで、機能と美が共存するデザインに仕上げられています。

なだらかにカーブしたアルミニウムのシャフトは、軽やかな浮遊感を生み出しており、一見するとシンプルなものの、ディテールには独特の緊張感と遊び心が宿っています。

上部のC字型フックは、未完成のようにも見える独自の造形。倉俣氏が好んだ「余白」や「不確かさ」を体現しています。

道具であると同時に作品だということ。このハンガーに、倉俣氏の「軽やかで、儚い夢のような空間」を垣間見るような感覚を覚えます。

クローゼットの中にしまいこむのではなく、見える場所に飾りたくなるハンガー。

実際に服を掛けて使うのはもちろんですが、むしろ壁や天井から吊るし、インテリアオブジェとして飾ることで空間の中に詩的な余白と緊張感を演出。

このハンガーがシンプルな壁の前に浮かぶように設置されたとき、その存在はただのプロダクトとは異なる、彫刻的な静けさを放ちます。

その形状、素材、ディテールのすべてに、倉俣史朗の哲学が滲み出る「ALUMINIO ハンガー」。

単なる衣類用の道具ではなく、デザインが日常の空間をどれほど詩的に変えることができるか、生活の中に静かに作用するとはどういうことか。

このハンガーはそれを示すひとつの答えであり、手に取れば、それがきっと理解できるはずです。